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アラサーノマドの自由気ままブログ

東京と海外を行き来するノマドワーカーの筆者が、海外旅行やセブ島留学の情報を紹介するブログ。

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ノマドワーカーになったけど飽きるというのはある気がする。

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最近ようやくノマドをヤメる決意ができました。

とりあえず今月から2ヶ月ぐらいは引き続きヨーロッパでノマド生活をするので、それが終わるまではちょくちょく更新しようと思っていますが、日本に再び帰国した後は、ノマドをヤメて別のことを始める準備をしようかなと思います。

なのでその前に、現時点でサラリーマンをヤメてノマドワーカーになって思ったことを書いておきます。

① あんまりノマドワーカーは理解してもらえない

人は結局、あまりにも自分と違うと、その人を好きになることはできないように思います。

もちろん、そもそも自分の人生を否定してくる相手を好きになることは難しいと思いますが、そうでなくても対象を理解できないと、ずっとその人はモヤモヤしてしまう気がします。

僕も以前数年間サラリーマンをしていたので、自分としてはサラリーマンの気持ちや環境は分かるつもりではあります。

ですが、現在の自分がいくらサラリーマンの気持ちを分かるといっても、今現在サラリーマンをしている人には、ノマドワーカーというライフスタイルは受け入れてもらい辛い気がしています。

ノマドワーカーである自分の気持ちを、今もずっと同じ企業で働いている人には理解してもらうことは、正直難しいのでしょう。

ただ、転職や独立を経験したことがある人や、ずっと同じ企業に勤めていても社外で何か活動をしていたり、自分を客観的に捉えられている人とは理解し合える気がしています。

ですが、やっぱり自分を客観的に捉えられていない人とは、一生理解し合えないんだろうなとは思った次第です。

人は、自分のこれまでの人生を否定されると、無意識に拒絶します。

人間の脳の構造として、理論として筋が通っているかどうかよりも、人間は信じたいものを信じるように出来ているからです。

ずっと同じ会社で働いてきた人に対して、複数の仕事を持つことや、そもそも会社で働かなくても良いという理論を理解させしめるのは、どんな理屈を持ち抱いても不可能なのでしょう。

彼らの人生を否定するつもりは1ミリもないのですが、彼らはそれを無意識のうちに拒絶します。

個人的には、どう生きるか?に正解などはなく、自分の中での納得感があれば、どんな人生を歩んでも良いと思っています。

ただ、ずっと外の世界を理解しようともしない人は、今後もずっと他の世界があることに気づかずに生きていくんだろうなとは思います。

経験して初めて見える世界があるのだけれど、特にプライドが高い人は、無意識のうちに脳が理解を拒絶するのでしょう。

 

② 同じような人が周りにいないので、自分も共感ができなくなっていく

そんな悲しさを感じつつ、ノマドをしていると、同じような境遇の人がいない寂しさを感じることもあります。

当然ですが、平日の日中というのは多くの人は会社で働いていますので、平日に一緒に海外旅行に行ってくれる人はほとんどいません。

なので、ある程度自由なお金や時間を手に入れたからといって、この寂しさが消えることはないのだなと学びました。

こういう寂しさは、きっと「お金」や「時間」では消せないものなのでしょう。

転職も起業もしないでどこかの企業でずっと働いていれば、「あ〜今日も残業か〜」「やっと金曜日だ、一週間ハードだったな〜」「次の休みはどこ行こうかな〜」など、そんな感じの思いを抱いたり、そんな感じの話を会社の同僚と話すこともできるのでしょう。

ですが、ノマドをしていて自由に自分で色んなことを決められる状態にいると、そもそもそのような状況には特になりません。

ですので、企業にずっと勤めて働いている人の話を聞くと、まるで異次元の話をされているような感覚に陥ることがあり、ある種共感できない「寂しさ」さえ感じます。

同じような境遇の人が周りにいないので、かつては自分もそういう生活にいたことを忘れてしまい、どんどん人に「共感」ができなくなっていく感覚です。

ちなみに、ノマドワーカーにはブログやアフィリエイトなどの広告収入をメインとして生きている人が多いように思いますし、彼らのようなスタイルのノマドワーカーであれば、横の繋がりもあったりして、仲間と共感し合えるのかもしれません。

ただ、筆者の場合は広告収入で生きている訳では無いので、彼らとはまた違う気持ちを感じているような気がします。

自由に使える時間がたくさんあったり、お金が入ってくる仕組みがあったとしても、誰とも共感しあえなかったりすると、人は充実した日々を送ることはできないんだなと、ふと思ってしまいました。

 

③ もう一度、エキサイティングな人に囲まれて働きたくなる

どうしたら充実した日々を過ごせるのかを考えた時、個人的にはエキサイティングな人々に囲まれて働けるというのが、とても楽しそうに思えました。

起業しても、ワンマンの企業であったりオーナー企業であったりすると、そういう感覚がなくなってしまいます。

組織において自分が一番優秀であったり、自分が全ての物事を決めることができてしまうと、それを快感だと思える人にとっては良いのでしょうが、僕にとってはとても物足りなさを感じます。

このエキサイティングな人に囲まれて働くというのは、サラリーマンをしていても実現できます。

特に僕はサラリーマン時代に何か不満があったわけではないので、自分より優秀だと思う上司・同僚・顧客と共に働けていたその瞬間というのは、それはそれでエキサイティングな時だった気はします。

もちろんその一方で組織に属するデメリットもある訳ですが、それでも今は、もう一度そういう環境にいこうかなという気持ちが強くなってきています。

起業家になると、自分で目標を決めて、それに向かってずーっと進んでいかないといけません。

自分で全てを決められるという自由がある一方で、ずーっと自分で自分を律していく必要があるため、ずーっと続けられる人というのは、本当にタフだなと思います。

 

④ 起業家とサラリーマンの違いを少し考えてみた

筆者はサラリーマンから起業し、社員を雇い、今は特段自分が働かなくても困ることなく生活できるようになりました。

そんな状況になって、いわゆる一つの企業で長いこと働いているサラリーマンと話していて話が合わないなと思う部分は、主に「人」と「お金」に関してです。

「人」というのは、例えば大きな企業の中間管理職であれば、部下がヤメても人事部に誰かを異動させてきてもらえば、基本的には事足ります。

一方起業家は、まずは何もない状態から外から優秀な人を採用しないといけませんし、採用した人に働き続けてもらわないといけません。

そもそも起業家の最初のフェーズは、お金(経済的資本)も無かったり、人脈(人的資本)もなかったりすることもあり、ビジョンだけで人を集めたり会社を成長させていかなければならなかったりと、そのプロセスは凄まじく大変です。

大企業の場合は自然と人が集まってきますので、そういう形で人を集める必要がないというのは、非常に楽です。

また、「お金」に関しては、特段社員に払う給与について深く考える必要もないですし、数ヶ月後の会社の存続それ自体について考える必要も、特にはないことが大半でしょう。

大企業サラリーマンの中間管理職ならではの人間関係や出世の悩みなどはあるとは思いますが、いかんせん「人」と「お金」について考えることが少ない面は、とても楽だなと思います。

そもそもの働く環境なども全然違いますが、個人的にはこういう「人」と「お金」について深く考えることなく生きているところが、話が噛み合わなくなっていく原因の一つな気がしています。

「お金」に関しては稼ぐという感覚もやっぱりずれていきます。大企業の社員で毎月30万円を稼いでも、1円を自分で稼ぐ感覚はそれをしたことがない人にはきっと一生わからないし、1円をケチるコスト感覚も一生身につかないようには思います。

 

そしてもう一点、「評価」のされ方も違うようには思います。

例えば「三菱商事」に勤めていたら、たとえ社内では仕事が全くできない人でも、外から見たらエリートです。これも、ずっと同じ企業で働いている人は気づかずに「社内の〇〇さんが凄い」みたいな話を社外の人にしてきますが、会社内の評価というのは外から見たら分かりません。

「誰々さんは社長賞をとって凄いんだけど、僕は全然仕事ができなくて…」などと三菱商事の人に言われても、外から見ればその「誰々さん」と「僕」に特に違いはありませんし、多くの人は、どっちも「三菱商事のエリート」という評価をします。

一方、起業家の評価は「結果」のみです。

これは 「成果」と言ってもいいのかもしれません。

いずれにせよ、起業家は「成果」を出さなければ、誰からも評価されることは一生ありません。会社それ自体が大きくならないと、会社のブランドで評価してくれる人は誰もいません。

これは賛否両論ありそうですが、スタートアップだったらもはや売上や利益ではなく「資金調達額」や「ユーザー数」とかでもいいのかもしれませんが、とにかく結果や成果を出さない限りは、何を言っても無意味で、誰からも評価されません。

起業家は、自社のP/LとB/Sが自分の明確な通信簿になるので、痛切に自分の実力が分かります。

大企業社員の評価にも、もちろん「仕事の成果」含まれるとは思いますが、そもそもそれが真に「その人による成果」なのかは正確には分かりませんし、そこは正直そんなに重要ではない場合も多いです。

外から見れば、その人の現在の「ポジション」の方が重要です。

 

⑤ 不確実な世の中でも、サバイバルしていける力がついたとは思う

サラリーマンを数年やってからサラリーマンの世界を飛び出して生きても、それまでにきちんと働いていれば、またサラリーマンに戻ることはできます。

更に、今後将来的にどこかで職を失ったとしても、また自分で何かを始めれば良いかなという気はします。

ずっと同じ企業で働き続けることが難しくなった現代においては、自分で人生をサバイバルできる力がついたのは良かったです。

 

まあそんなこんなで、もうそろそろこの生活も終わりでいいかな、という感じがしたので、また日本に戻ってきたら新しい生活を始めようかと思います。

では。